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東京地方裁判所 昭和62年(モ)3282号 決定

債権者 ロバート・ジョーン・マクラウド

右債権者代理人弁護士 藍谷邦雄

債務者 株式会社 アサヒ三教

右代表者代表取締役 潮見三輪

右債務者代理人弁護士 森田武男

主文

本件仮処分決定中、債務者に対し昭和六二年四月末日限り金三〇万円の支払いを命じた部分の執行は本件仮処分異議事件(当庁昭和六二年(モ)第八九七号)の判決があるまでこれを停止する。

理由

債務者は主文同旨の決定を求め、その申し立て事由の要旨は『債権者より債務者に対する債務名義として本件仮処分決定が存し、その主文には「債権者が債務者との間に雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める」旨、債務者は債権者に対して金三六九万円及び昭和六二年一月以降同年一二月に至るまでの間毎月末日限り金三〇万円(ただし、一月は金七万五〇〇〇円、五月及び八月は各金一五万円、九月は金二二万五〇〇〇円)を仮に支払わなくてはならない」旨の記載がある。そこで、債務者は本件仮処分決定を遵守して四月分の金員についても債権者が指定する銀行に振り込んだが、その際、所得税法第一八三条第一項によって所得税六万九一〇〇円を源泉徴収したところ、債権者は毎月支払われる金員は賃金ではないと主張し、債務者において控除した右金額が未払いであるとして、本件仮処分決定に基づいて別紙目録記載の債権を差し押さえた。しかし、債権者が受ける毎月の金員は賃金そのものであるから、債務者には源泉徴収義務があり、仮に債務者が右の義務を怠った場合には国税通則法によって延滞税等を課せられることにもなりかねない。よって、右執行が違法であること明らかなので本件申請に及ぶ』というにある。

本件の疎明資料によると、債務者は昭和六二年五月一日債権者に対し金二三万〇九〇〇円を太陽神戸銀行新宿新都心支店の債権者名義の口座に振り込んで支払っていることが疎明されるが、右金額が本件仮処分決定によって一ヵ月につき支払うべき金額として定められた金三〇万円から所得税金六万九一〇〇円を控除した後のものであることは計算上明らかである。

ところで、地位保全の仮処分決定に基づいて解雇後に支払われる金員は、解雇が無効であるとの疎明がなされ暫定的であるとはいえ雇用関係が従前どおり継続するものとして、即ち労働力の提供と賃金の支払いとが対価関係にある契約が存続し、ただ労働力の提供を使用者において受領遅滞しているに過ぎないものとして金員の支払いを命ずるのであるから、支払われた金員は賃金である。そこで、使用者は任意で仮処分に定められた金員の支払いをする時には、右の私法上の義務とは別に負担している国法上の義務である源泉徴収義務(所得税法第一八三条第一項)に基づいて、このなかから所得税相当額を控除しなければならない。しこうして、使用者は所得税相当額を控除した金額を支払えば、被使用者に対しても債務の全部を履行したと解することが出来る。

前記疎明された事実によると、債務者は債権者に対して、昭和六二年四月末日までに支払わねばならなかった金三〇万円全額を既に支払っているから、本件仮処分決定のうち昭和六二年四月末日限り金三〇万円の支払いを命ずる部分が、弁済によって被保全権利が消滅したといえること明らかで仮処分発令後の事情変更に基づく取消の事由があるといわねばならない。しかも、本件仮処分決定は賃金の仮払を命ずるもので、その強制執行は保全すべき権利である賃金支払いの終局的実現を招来するおそれがあるから、民事訴訟法第五一二条第一項を類推して、本件仮処分決定にたいする異議(当庁昭和六二年(モ)第八九七号)の判決があるまで、これを停止するのが相当である。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 畔栁正義)

〈以下省略〉

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